プロローグ
闇の書の事件が終わって、わたしたちの周りにも落ち着いた日常が戻って来ました。ユーノ君と出会って以来のこと、魔法使いとしていくつかの事件に立ち会ったこと。フェイトちゃんとの出会い。戦い。はやてちゃんと、その守護騎士達との戦い。そのすべてを家族や友人に話して……そして、わたしは告げたのです。
この能力を生かして、世界でおこる悲しいことを少しでもくい止めたいと。リンディさんのいる時空管理局で働いて、少しでも自分の能力が生かせる道に進みたいと。はじめはお父さんもお母さんもお兄ちゃんもお姉ちゃんも、みんなびっくりしていたけれど、最後は「なのはが自分で決めたことなんだから」と行って、わたしの進む道に賛成してくれました。
――だからわたしは、今も魔法少女を続けています。
Act1 時空管理局本局 訓練施設
ぶぅんっ
水色の光弾が鈍い音を立ててなのはのすぐ横を通り過ぎて行く。間一髪、という状態でそれをかわしたなのはは、信頼のおける相棒、魔法の杖レイジングハートに魔力を通して魔法を起動させる。
「ディバインシューターっ」
なのはの魔力の証しであるピンク色を帯びた光弾が4つ、なのはの周囲に浮かび上がる。杖を振りかざし、
「シュートっっ」
掛け声と共に4つの光弾は戦闘演習の相手である、時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンの元へ複雑な軌道をえがきながら飛んで行く。クロノは手にした杖、デュランダルを水平にかまえ、魔力弾で確実になのはの光弾を打ち落とす。
「Flash move」
なのははその隙にクロノの裏側に回り込もうとしていた。同時に、自分の主砲である魔法のチャージもすすめている。振り返ったクロノの目の前で、なのはがレイジングハートをシューティングモードにして、水平にかまえていた。
「ディバインバスター”近距離モード”っ」
素早く、砲撃用円環魔方陣がレイジングハートを中心に浮かび上がる。
「むっ」 思わずクロノが舌打ちをする。左手を前に広げ、高速で防御の魔方陣を展開する。
「ってーーー」
なのはの掛け声と共に、膨大な魔力の光が、クロノの防御陣にたたきつけられた。バリバリと削られる魔方陣に、クロノは魔力をつぎ込んで耐える。
――次の一手はっ
防御を編みながらも、クロノは次の手のための魔法を密かに編む。
ピンク色の光の帯が収束した向こうで、なのはクロノから距離を取り、次の魔法のチャージに入っていた。レイジングハートの先に生まれた光弾に、周囲に撒き散らされたピンク色と水色の魔力の残滓が収束して行く。
「これでっ
スターライトっ ブレー…… あれ?」
ディバインバスターの爆発が収まった先、レイジングハートの射線の先にクロノの姿はない。
「あ、あれ?」
キョロキョロとするなのは。その時、なのはの背後から低い声が聞こえた。
「ストラグルバインド」
魔力の鎖が、なのはの両手両足を拘束する。
「あ……」
状況に気づいたなのはの背中に、押し付けられたデュランダルの感触。
「僕の勝ちだね、なのは」
「はぅー」
縛り付けられたまま、なのははがっくりと肩を落とした。
訓練を終えたなのはとクロノは、廊下を歩いて戦闘分析室に向かっていた。
「はぅぅ クロノ君にはなかなか勝てないね……」
「いや、そんなに簡単に勝ってもらっても困るんだが……」
肩を落とすなのはに苦笑いをするクロノ。
「でも、今日の近距離モードのディバインバスターにはびっくりした。あれはどういった考えで?」
「うーんと。レイジングハートと一緒に考えてたんだけど、わたしの魔法って、遠距離からの砲撃とか、長時間チャージしてからのスターライトブレイカーとか、そういうのが多いんだ」
「うん」
「だからね、それを生かすためにも、短距離で砲撃してぱっと離れて、本命の砲撃を当てられないかなって。威力よりも爆発してのめくらましを優先してみたの。
エクセリオンモードのレイジングハートだったら初撃でバインドしたりできるけど、いつもエクセリオンモードに頼る訳にもいかないし」
うんうん。クロノは頷きながら話しを聞いている。
「考え方は間違ってないと思うよ。実際僕もびっくりしたし。
だけど爆発で、一瞬とはいえ僕の位置が掴めなくなったのが今回の敗因かな」
「そうなんだよね」
なのはは再びはぅぅと肩を落とした。
「でも、なのはが砲撃の威力だけじゃなくて、それを生かすためのスピードにも目を向けてる事はとてもいいことだと思う。
前にも話したけど、なのはは実践で経験を積んで成長していくタイプみたいだから、フェイトやユーノともどんどん模擬戦をするといい。僕も協力するよ。君との模擬戦は僕にとってもなかなか新鮮だ」
その言葉に、なのははにっこりと笑いかけた。
「にはは…… ありがとう。クロノくん」
「例には及ばないよ。さて、今日の模擬戦の復習をしようか。エイミィもフェイトも、分析室で待ってる」
「うんっ」
なのはは強く頷いて、分析室へ向かう足を早めた。
戦闘分析室。ありとあらゆる角度から撮影された映像を元に、戦闘の戦略・戦術そしてそれぞれが繰り出す魔法の威力分析が進められる部屋である。
フェイト・テスタロッサは先程の模擬戦闘の成り行きを、この部屋で見守っていた。
「なのはが、高速戦闘か……」
模擬戦でなのはが見せた機動は、高速戦闘のそれだった。フェイトの知るなのはの神髄は、中長距離からの膨大な魔力を放射する砲撃戦にある。高速戦闘は外の魔導師と一対一で戦う時に、自分に有利な距離を維持するための戦略だろうか。例えばフェイトとなのはが組んで戦闘する場合、役割分担がはっきりするが、それぞれが一対一で戦う場合は、どうしても苦手な部分が出て来てしまう。それを少しでも克服するための、高速戦闘。
フェイトは考えながら、自分が先程のクロノの立場だったらどうするか考えていた。近距離砲撃で威力が落ちているとはいえ、ディバインバスターの直撃を受けながら別の魔法を編み、さらに背後に回り込むだけの余裕が自分にあるだろうか。なのはと、海上で一騎打ちをした時の事が思い出される。あの時はもう余裕なんて残っていなかった。なのはは、私のファランクスシフトを受けきってあれだけの余力を残していたというのに。
「なのはは、また強くなった……」
フェイトの心には、負けられないという気持ちがわき出している。それと同時に、ライバルであり、親友であるなのはを誇らしく思う気持ちで満たされていた。
「ん? フェイトちゃん、笑ってる?」
隣にすわっていたエイミィが、フェイトに笑いかける。この人はお気楽な性格のふりをして人の心に機敏だ。
「そう、かもしれません……」
はにかんでフェイトは視線を落とした。負けていられないけど、誇らしい。この気持ちは何だろう?
「エイミィ、準備はできてるか?」
扉のあく音がして、クロノとなのはが分析室に入って来た。
「おうっ バッチリ取れてるわよ」
ぐっとエイミィがクロノに向かって親指をたてる。
「あ、フェイトちゃん。みてた?」
とてとてとフェイトに駆け寄ったなのはがわらいかける。
「うん。なのはは、また強くなった」
「にはは……そうかな? また負けちゃったけどね」
はにかんでほほ笑むなのはに、フェイトはほほ笑み返した。
「さて、おさらいをするから、みんな席に着いてね。フェイトちゃんも、見ていた意見を遠慮なく言うのよ?」
「うん、わかった」
アースラ組恒例の、戦闘演習復習が始まった。
Act2 喫茶翠屋
「こんにちは」
喫茶翠屋の入り口がカラカラと開き、ヴォルケンリッターが一人、湖の騎士シャマルが店内に入ってくる。闇の書の事件の後、保護監察状態となっているはやてとヴォルケンリッターだったが、近ごろになるとかなり自由な出歩きが出来るようになっていた。
「いらっしゃい、シャマルさん。二人ともあちらで待ってるよ」
翠屋の店長、なのはの父である高町士郎がにっこりと笑いかけ、店内の一角を示した。ぺこり、と礼を返し、シャマルはそちらに足をむける。
「おまたせしました。桃子さん、リンディ艦長」
席ではなのはの母、高町桃子と時空管理局アースラ艦長のリンディ・ハラオウンが談笑していた。
やってきたシャマルに、口をつけていたカップを一度おき、桃子がにっこりとほほ笑みかける。
「こんにちは、シャマルさん」
「どうぞ、掛けて」
リンディもシャマルに席をすすめる。
「ありがとうございます。
でも――」
こしかけつつ、シャマルは困ったような表情を浮かべた。
「私で良かったんでしょうか?」
その言葉にリンディはくすっと笑い、
「まあ、シャマルさんがはやてちゃんのところの保護者代表ということでどうかしら?
一番年上ということですし」
あはは…… と、シャマルは苦笑い。
「私たち4人のリーダーということでしたらシグナムですし、”保護者”という意味だとはやてちゃんになっちゃうんですけどね」
「まあ、細かいことは抜きに、子供たちが仲良しな3家族の母親役同士も親交を深める、ということで。
お茶でいいかしら?」
桃子はウエイトレスを呼び、お茶の追加をオーダーする。
――母親役、ですか。
シャマルは少し考え込んだ。八神家の母親役ははやて、だと思うのだけれども。でも、これからははやてが少しでも甘えられるような存在になるべきなのでしょうか―― はやてと共にある守護騎士として、これからの生活の中での自分の役割はどうあるべきなのか。
「お話しを伺ってびっくりしましたけれど―― リンディさん、シャマルさん、なのはの事をよろしくお願いしますね。あの子はまだ子供ですから、迷惑を掛ける部分もあるかとは思いますが――」
「お話しましたけれども、なのはさんは才能だけでなく、心もとても強い子ですから。私たちも何度となく助けられていますし。ねえ、シャマルさん」
振られて、あわてて意識を目の前に戻す。
「え、ええ。
はやてちゃんと私たちを助けてくれたのは、なのはちゃんの心の強さです。なのはちゃんが私たちを救おうと強く願ってくれたからこそ、今のわたしたちがあるんです。だから桃子さん、なのはちゃんには何も心配する事はないと思いますよ」
「ありがとうございます。お二人に言ってもらえるとなんだか安心出来ますわ。
シャマルさん、はやてちゃんのお加減はどうでしょう?」
「そうですね……」
少し考え、届いた紅茶に口をつけるシャマル。
「はやてちゃんを縛っていたものもなくなりましたから、だんだん良くなっていくと思います。担当医の石田先生も症状の悪化は止まって、ゆるやかな回復状態だっておしゃってますから。きっともう、大丈夫です」
「そう、それは良かったわ」
にっこりとほほ笑むリンディ。
「いろいろとあったけれども、はやてちゃんのことはうちのフェイトさんも心配しているし――私たちとしては、はやてちゃんやあなたがたクラスの魔導師に加わってもらえるほど嬉しい事もありませんから。
はやてちゃん、正式に測定は終わっていないけれども、AAA以上のクラスなのは確実だわ。AAAクラスの魔導師を4人も揃えている船なんてそうは無いわ」
ほわわ、とリンディの意識が別の世界に飛んでいく。
3人がそろってのお茶会は、和やかな雰囲気で進んだ。シャマルとしては、自分たちの保護観察に直接関係のあるリンディが一緒だと落ち着かない――そう思ったのだが、大らかなリンディの性格がそんなことを感じさせず、それぞれの家の子供たちを潤滑剤として話ははずんだ。話も尽きず、小一時間過ぎたころ。
「そうですわ、お二人とも。再来週の週末の予定はいかがかしら」
桃子がぽん、と手をって話をふってきた。
「私たちお店のお休みをもらって、山にスキーにいく予定ですの。すずかちゃんとアリサちゃんも誘っているから、是非フェイトちゃんもはやてちゃんもどうかしら?」
「フェイトさんは、もうなのはさんに誘われているみたいですわ。私やクロノは仕事がありまして、お邪魔出来ませんけれども、フェイトさんは大丈夫」
「再来週、ですか……
はやてちゃんに聞いてみないとわかりませんね…… お返事は、明日でもかまいませんかか?」
「ええ、かまいませんよ。ペンションはアリサさんのお家のものを借りることになっていますから。広さはまだまだ余裕があるようですから。是非」
「そうね。年末の旅行にははやてちゃん参加出来なかったけれど、お友達同士ですもの。今度はぜひ、とわたしが言っていたと伝えてくださらないかしら?」
にこやかなお茶会は、子供たちの話題を中心に進んだ。
八神家。キッチン。
「スキーやて?」
「ええ、なのはちゃんの所の奥さんに誘われました。はやてちゃんや私たちも、一緒にどうか、って」
「んぅ わたしたちも、か。
この間の旅行の時は謹慎モードやったんやけどなあ」
くるくると食事の用意をしながら、はやてはコクンと首をかしげる。
「まだ、管理局のほうの監視もとけてないしなあ……」
んぅ、とはやてはおたまに手を伸ばす。微妙に届かない。シャマルがひょいと手を伸ばし、はやてにおたまを手渡した。
「ありがとう。
シャマルは、どう思う?」
シチューの鍋をぐるぐるかきまぜながら、はやてはこくんと首をかしげる。
「そうですね。わたしたちにとっては、はやてちゃん次第なんですが……あえてわたしの意見を言わせてもらうなら、行ってもいいかな? って思うんですよ」
「その心は?」
「お話は、リンディ提督からもいただきましたから。管理局の方も黙認――というか、認めてくれてると思ってもいいんじゃないでしょうか?」
(それに――)シャマルは心の中で独りごちる。
(はやてちゃんが友達と遊びに出る機会を、フイにしたくないですし)
「うーん。ヴィータたちも遊べるかなあ……」
「きっと。はやてちゃんと一緒なら、わたし達みんな楽しめますよ。
はやてちゃんはスキー出来ないですけれど、リンディ提督が特製のソリを用意してくれるとおっしゃってくださいましたよ」
「そかあ」
おたまにシチューをすくい、一口すする。
「うん。いい出来や。
じゃ、晩ごはんの時に、みんなに聞いてみよか」
はやてはシャマルに振り向くと、にっこりとほほ笑んだ。
八神家――夕食時。
「すきー?」
はむはむとシチューをすすりながら、ヴィータが上目使いではやてに問う。
「そや。まあ、雪山で雪遊び、やな。温泉とかもあるかもしれんねぇ」
「温泉。それは良いですね」
うむうむ、と頷きながらシグナムは鳥肉をほおばった。
「シグナムはお風呂好きさんやもんなあ。
今回は、リンディ提督が誘ってくれてることもあって、みんながいいって言うなら行ってみよかなーとおもっとるんよ」
「ちなみに、わたしは賛成ね」
ひとあし先に、シャマルが賛意を表明する。
「はやてちゃんに楽しんでもらうっていうのが、わたしの喜びですから」
「ん。わたしはいーぜ。
なのはたちもくるんだろ?」
「そうね。なのはちゃんのご家族とフェイトちゃん、あと、すずかちゃんとアリサちゃんのご家族もいらっしゃるって。
場所は、アリサちゃんのおうちの別荘だそうですから、人数とか、広さは特に気にする必要は無いっておっしゃってましたよ」
「ではわたしもお供しましょう。テスタロッサも来るというのなら、なおさらです」
「ザフィーラはどうする?」
はやての声に、動物形態でスープをすすっていたザフィーラは顔を上げた。
「主の望むままに。主をお守りするのが、守護獣たる我の役目」
「んじゃあみんなOKやな。
ほんなら、来週末はぱーっと遊びに行くことにしよか」
「おーっ」
シャマルがひとり、明るい声を上げた。
高町家。なのはの部屋。
「あ、すずかちゃん。
うん、うん。そうなんだ。はやてちゃんも来られるんだね」
ベットでごろごろと雑誌を呼んでいたなのはのもとに、すずかから電話がかかってきた。内容は再来週のスキーのこと。はやてとその守護騎士たちも参加する、という内容だった。
「よかった。これでみんなそろうもんね。アリサちゃんには、もう? そっか、それじゃあフェイトちゃんにはわたしから伝えておくね。
うん、楽しみ。
あ、はやてちゃん、スキー出来ないよねえ。
……そうなんだ。リンディさんが。それなら安心かな。
うん、早く伝えて上げなくちゃね。それじゃ、また明日」
ぴっと音を立てて電話を切る。
カゴに入って横になっていたユーノが、むくっと頭を起こした。
「あ、ユーノくん。起こしちゃった?」
「なのは、電話?」
「うん、すずかちゃんから。再来週のスキー、はやてちゃんも参加出来るって」
「そっか、それはよかった」
「ユーノ君もいくよね」
「え、あー まあ、なのはについてくよ」
「ユーノ君、スキー出来る?」
「んー たぶんできるけど、今回はフェレットモードで……」
「えー」
なのはがぷくっと頬を膨らまし、不満の声を上げる。
「普通に行けばいいじゃない」
「いや、アリサもすずかも……美由紀さんも行くでしょ?
僕の正体がばれたら……」
ユーノの頭には、去年の温泉旅行がよみがえる。
「多分ただじゃ済まないんじゃないかなーと……」
「そうかな?」
「うん、たぶん……」
ユーノはうなだれた。
「もうみんな、わたし達の魔法のことも知ってるから大丈夫だと思うんだけどなあ……」
「多分、それ以外のことで問題が……」
スキーの日まで2週間弱。それぞれの思いとともに、夜はふけてゆく。
Act3へ……