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お散歩開始。
こういうときだけはきっちりと起床。――とはいっても、6時半にモーニングコールで起きて、本当に行動開始(すなわちベッドから動き出せる状態)になったのは7時半過ぎなんですけど。
ホテルで朝食をとってチェックアウト。昨日見つけた道すがら、外宮の入り口に向かいます。外宮の入り口には橋が掛かってます。その橋を渡って敷地内に入り、左側にある取水舎で手を洗って口をすすぎます。その後、てくてくと歩いて第一鳥居、第二鳥居を過ぎて外宮正宮へ。お参り。えーと、二拝二拍手一拝でしたっけ。ぺこりぺこりぱんぱんぺこり。お参りした後、正宮を眺めてみます。とっても素朴な建物。藁葺きの屋根にはところどころ緑のこけがあってよい感じです。鳥居も、建物も、外から見える範囲では華美なものではなく、木そのものの色が良く出ています。遷宮直後は真っ白に輝くように見えるかもしれません。他の大き目の神社というと、鳥居や建物が朱の色に染められていたりするものが多いですから、神宮の素朴さに目を奪われます。時間は朝の8時過ぎ、舞殿からは雅楽の音がやんわりと響いてきます。杜の木々を透かして差し込む朝の陽、ちりちりと鳴く虫の音。――ああ。これはすごく良いかもしれません。ベンチでもあればいつまでもぼけっと座っていたい感じです。
さて正宮の前にいつまでも座っているわけには行かないので場所を移動します。外宮の中には3つの別宮があって、正宮のそばにそれぞれ別の社を構えています。本来は順番があるのかもしれませんけれど、奥にある多賀宮からお参りすることにしましょう。石段を登って多賀宮がある高台に出ると、手前に式年遷宮のための空間が、奥に現在の多賀宮があります。わたしが石段を登っていったとき、多賀宮の前で若い男の人が一人、熱心に祈りを捧げていました――というかなんか呪文見たいのを唱えてたんですけど、あれって仏教の呪文じゃないのかな―― 待っても終わらなそうだったので、お祈り中悪いと思いながらわたしもその横でお参りを。
石段を降り次は土宮へ。いくつかある別宮のなかでも、この土宮だけが東に向いて建っているらしいです。その理由は良くわからないらしいのですけれど――
土宮をお参りしたあと、そばにある風宮にお参りします。この風宮、もともとは小さなお社だったらしいのですが元寇時の”神風”に感謝――というか「神意の発顕」に応えるという意味合いで――一気に外宮の別宮という地位を得たらしいです。風の神様をお祭りしていたからかな。ぺこりぺこりぱんぱんぺこり。
外宮敷地内にあるお社はあらかたお参りしましたし、敷地内を散歩することにします。まずはお札授け所。
巫女さん発見っ(笑)
長い髪を一本に纏め――ただ纏めるだけではなく神に使えるものとして相応しい装飾を施し――緋色の袴を着こなして、畳の上にちょこんと座っている―― ああ。巫女さんです。巫女さんなんだってばっ(笑)
けほん。気を取り直して。この後行った内宮でもそうだったのですが、神宮では巫女さんや神主さんが境内を竹箒で持って掃除している、そんな姿は見られないようです。ボランティアの方々がお掃除を受け持っているみたいで。その意味では、お掃除巫女さんの宝庫だったのは越後の一宮である弥彦神社がいちばんでした。8時になるとわらわら出勤してきて、わらわらと掃除や仕事の準備に掛かる巫女さんたち。
それはさておき。授け所で巫女さんから豊受大神宮のお札を受け取り、雅楽の音に見送られながらとてとてと散歩を続けます。正殿脇を抜けて駐車場に続く道を戻ると、道の脇に御厩がありました。目をやると、葦毛のお馬さん。神宮にはちゃんと本物の御神馬がいるんですねぇ。目を合わせてご挨拶。狭いところに閉じ込められてしまってちょっとかわいそう。ずっとこの小さな小屋に居るというわけでもないでしょうから――何処で運動するんだろう?
駐車場に出ず御厩の脇を左に折れると、森の中に続く小道がありました。木漏れ日が綺麗。てくてくと歩きながら付近を散歩して、もう一度正宮へ戻りました。あれ? さっきより警備の人が増えている――?
正宮の様子をちょろっと伺うと、警備の人が「どうぞお参りください」というのでもう一度お参り。何かが行われているのか、様子を見てみます。正宮の中をのぞくと、燕尾服に身を包んだ人が神職に続いて正宮のなかを進んでいました。普通の人は入れない御正殿の前にたどり着くと、用意された台に榊をささげて礼をし、戻っていきます。そういえば普通の人が参拝する場所の少し左側にスーツや燕尾服に身を包んだ人が直立しています。――何かの儀式だったんでしょうか。榊を捧げた人が戻ってくると一人づつ一礼してから正宮を出て、神職を先頭に綺麗に並びながら静々と第一鳥居の方に去っていきました。んぅ。なんだったんでしょう……。その後出口でたまたまその人たちが車に乗るところに出くわしたのですが、警備の人は直立で敬礼しているし……うーん?
その後、わたしも第二鳥居・第一鳥居とくぐってもと来た道を帰り、外宮――豊受大神宮のお参り終了です。さて次は内宮・皇大神宮。歩いていくと遠いので、伊勢市駅から電車に乗って五十鈴川駅まで行くことにしましょう。
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近鉄伊勢市駅まで歩いて戻り、普通電車に乗って五十鈴川駅へ。うぐぅ。結構電車の本数が多いのですな。下手すると実家より電車くるかも(汗)
五十鈴駅で降り、県道になっている参道(御幸道路)を内宮方面に向かっててくてく歩きます。空は快晴、照り付ける日差しがまぶしいです。――この日、何を思ったのか長袖トレーナーで出歩いてしまってかなり暑い思いをしたのでした。
五十鈴川駅から内宮に向かう途中には月讀宮があります。折角ですから月讀宮もお参りしていくことにしましょう。御幸道路を内宮方面に向かって左側に月讀宮の入り口があります。入り口の鳥居から砂利引きの参道が曲がりながら宮域の森の向こうに続いていて、日の照りつける昼間だというのに涼しく、清浄な感じです。参道を掃除しているボランティアのおばさんと挨拶を交わし、参道を奥へ歩きます。御幸道路に面した参道が表参道らしいのですが、思ったよりも奥まったところにお宮があるようで、かなり歩きました。
月讀宮には4つのお宮が並んでたっています。左から伊佐奈弥宮(4)、伊佐奈岐宮(3)、月讀宮(1)、月讀荒御魂宮(2)というらしいです。本来は名前の後に降った番号のとおりにお参りするのが正しいらしいのですが……2,1,4,3というかなりひねくれた順番でお参りしました(w ――えと、正解がなぜ正解なのか。よく考えればすぐわかりますわね。
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月讀宮で少し休憩した後、内宮へ向かいます。内宮前には「おかげ通り」という昔参道だった(いまでもこっちがメインの道でしょう)おみやげ物屋などが並ぶ通りがあるのですが、そちらは帰りに寄ることにして御幸道路をそのまままっすぐ進みます。程なく(といってもかなり歩きましたが)見えてくる伊勢神宮内宮の入り口。有名な、五十鈴川に掛かる宇治橋です。
宇治橋も式年遷宮とおなじく、二十年くらい事に架け替えられるらしいです。昔の人が考えるには、宇治橋は人の世界と神の世界の境界。これを渡ると一時的に神の世界に入るわけですね。宇治橋上から眺める五十鈴川とその両岸の森の風景は素晴らしいものです。当日快晴だったということもあると思いますが、適度に人の手が入った手付かずの自然。ちょっと言葉が矛盾してますけど――。
宇治橋をわたり、神宮司庁を正面に右へ曲がり、神苑と呼ばれる一角に出ます。当日、金曜日にもかかわらず老若男女問わず意外や沢山の人がお参りにきていました。神苑はちょっとした広場になっているのでそういった人たちを観察することもできました。
――しかしこの神苑。なんかイメージが西洋風なのですよね。日本的な形式で作ってあるのかもしれないけど、洋館前の広場といってもおかしくないような趣で。明治以降に整備された空間、なのかなぁ?
神苑をまっすぐすぎるとその先に大きな第一鳥居。その右側に取水舎があります。今日は綺麗に晴れていることですし、鳥居の向こうから五十鈴川に面した御手洗場に行くことにしましょう。本来は、そーゆーものらしいです。
御手洗場に流れる五十鈴川には、鯉や小魚、川蟹の姿もみられます。綺麗な水。手を洗い口をすすいで、先へ。
第二鳥居を過ぎると神楽殿と五丈殿があります。あ。巫女さん発見。
引かれながら巫女さんの前を通り過ぎ(w、正宮へ向かいます。二つある殿地のうち、今は奥のほうに正宮が建っていました。奥のほうが敷地の高さも高いですし、お参りするにはよかったかも。結構な高さがある石段をあがり、外玉垣南御門(ていうらしいです)の前で、ぺこりぺこりぱんぱんぺこり。
そのままちょっと横に回って、正宮内部を眺めます。もちろん――内側の垣根の向こうは見えないのですけれどもね。後から団体さんが沢山屋ってきましたが、その騒がしさを無視して暫く正宮の建物を眺めます。
――こう、「清く綺麗」なのですよね。後で観た資料によると、内側の垣根に囲われた中に建っている御正殿はさまざまな色の玉などで飾られているようなのですが、それもおそらく、豪奢というほどではないのでしょう。キリスト教の寺院などは天上の楽園を地上で感じられるものということで、とても豪奢で荘厳なつくりになっています。さまざまな色彩のステンドグラスが光を受けてきらめき、建物の内側には聖書に出てくる風景が画聖の素晴らしい筆致で描かれています。それは、聖歌の奏でるメロディーともあいまってとてもとても豪奢で、荘厳で、心を打たれる空間です。でも神宮の空間はそういう豪奢なものではなくって―― 白木の建物が日を受けて輝き、木漏れ日が参拝者をやさしく包み、宮域の森に巣くう虫たちの声が出迎え、川のせせらぎが心を洗う空間です。時間によっては舞殿からは雅楽の音がきこえてくるでしょう。これって、豪奢なものとは少し方角の違う静謐な美しさ、だと思うのです。素朴な美しさ――他人の視線を借りてしまうなら、”欧州の人が日本に見る美しさ”が形を持っている場所かもしれません。
さて、正宮から降りて別宮へ向かいます。と、その前に授け所でお札を受け取っておきましょう。――巫女さんから(笑)
授け所からみてほぼ正面に、五十鈴川を渡る木製の橋があります。その橋を渡ると、向こう側に風日祈宮があります。この宮も外宮の風宮と同じく、もともと「社」だったものが元寇時の霊験(ということになるのでしょう)によって「宮」に格上げになったそうです。神社も「功績」によって格があがったりということもあるみたいです。
風日祈宮でお参りしてから、宮域内にあるもう一つの別宮・荒祭宮に行きます。正宮の方へ戻り、古殿地を回り込むようにして歩きます。古殿地の裏に回ると古殿地がよく見渡せます。正面からは、御正殿がおかれる位置(になるのでしょう)小さな木箱も見えませんからね。しっかし――正宮を参る人は多いですけど別宮まで回る人ってそんなにいないみたいですねぇ。古殿地に背を向け石段を下ると、目の前に荒祭宮が見えます。荒祭宮の前では二人の女性が熱心に祈っているのかお話をしているのか、ずっとそこを占拠していました。暫く待ってみたのですがその方々がその場を離れるそぶりを見せないので、端っこでお祈りさせてもらいました。荒祭宮を離れて右に折れると神楽殿の方角に出ます。あとは、てくてくと歩いて風景を見ながら入り口になる宇治橋の方角へ。
結構な数の外国人観光客の方ともすれ違いました。伊勢って立地的にくるの大変だと思うのですけど……京都、奈良と回って伊勢に来るルートを取る人もいるのかな。
第一鳥居をくぐり、神苑を抜け、宇治橋に戻ります。この大きな橋を渡って向こう岸に着くと、人の世界に帰られるわけです(笑) 橋を渡り、人の世界へ。振り返ると、木々が世界を包んでいます。こんな空間が住処の近くにあったなら――毎日でもほえほえしに来ているかも知れません。
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参道のお土産屋
宇治橋から外を見て右側に、古い佇まいの小道が伸びています。「おかげ通り」と言うのかな? 名前からして江戸時代から続くおみやげ物屋の連なりでしょう。駅から内宮へ向かう時は横道にそれずそのまま歩いてきてしまったので、帰りはこの小道を歩いて帰ることにしました。
赤福や葛餅、あとうどん屋さんが軒を連ねています。――赤福って伊勢お土産だったんですね。ぜんぜん知らなかった。通りの中ほどに赤福本店の建物があります。木造の、とても古い建物。創業は――何年なんだろう。黒く光る建物がとても昔から使われてきた建物らしさをかもし出してます。この参道は金曜日だというのに人であふれていて、他の場所とは違う雰囲気。駅前や街中にはそれほど観光客らしいひとはいませんですのにねぇ。
――あとでよく考えたら、お土産や商店街付属の駐車場があるんですよね。てわけで、たいていの人は高速道路を通って車で来る、と。なるほど、駅前や街中に人がいないわけです。
お土産として赤福購入。それから――今の時間は13時過ぎ。お昼ご飯を食べるのにちょうど良い時間になりました。えーと、折角だから伊勢っぽいものを食べてみましょう。天麩羅伊勢うどん。これにしましょう。頼んで暫くするとおわんに入ったうどんが運ばれてきました。中くらいのおわんに半分くらいうどんが入っていて、その上にでんっと海老天がのってます。そのうえから濃い目のつゆがとぱとぱと掛かっていて、普通のうどんを想像していたわたしからすると「うに?」というイメージ。(かきとちゅう)